一人の男性が珍しい道具や器具が並んだテーブルの後ろで堂々と立っている。男は奇怪な目で自分を見る民衆には目もくれない。彼はなりゆき任せで暮らす民衆とは違い、自分の確固たる信念を持っているからである。信念と情熱は彼の身に着ける赤いマントによって表される。
奇術師は神的な世界と世俗を結び付ける媒介者である。奇術師は異なる宗教観念を持つ者達に真実の目を開かせ、互いを結び付ける役割を果たす。
愚者の次に登場する奇術師には、数字のⅠが割り当てられている。1は物事の始まり、個体、出発、創造力を意味する。奇術師は自らを個体として認識し、自身の行動、発言に責任を持つ。
彼の始まりは、右腕で天を、左手で地をさしたお釈迦様の姿を彷彿とさせる。ルンビニー園で摩耶夫人の右わきからお生まれになったお釈迦様は「天上天下 唯我独尊 三界皆苦 吾当安此」と話された。
苦しみにあふれた世の中で、人間にしかできない尊い事。三界の苦しい世界にいながら我は悟りを開き、人々の苦しみをとりのぞいて幸せに導こう、と。
奇術師をはじめ、異教の中にタロットの人物を見出す事は珍しくない。アルフレッド・ダグラス氏は奇術師をギリシャ神話のプロメテウスに例えている。
ギリシャ神話に描かれているプロメテウスの性格は、タロットの奇術師のそれによく似ている。
アルフレッド・ダグラス著 「タロット その歴史・意味・読解法
奇術師は、ヘルメスとロキといった神々、あるいはアメリカン・インディアンの民話的英雄コヨーテのように、機知や策略に秀ている。ゼウスへの抵抗に見られるように、強い意志をもち、自信に満ちている。
奇術師は人の成長に照らしあわせると、本能的にミルクを欲しがる赤ん坊が子供になっていく段階だ。人は家族、友人、他人、社会との関わり合いを持つことで、自己を認識していく。自我の芽生えにより、人は自分と他人を区別し、社会の中に身をおく。
こうした意識は奇術師が世俗で生きていく上で役に立つと同時に、魂に対する責任を背負う。彼は神から与えられた魂、五感、肉体、技術を粗末にせず、人々の為に何ができるかを模索しなくてはならない。
彼は神から与えられた力を自身の経験と技術でオリジナルのものへと発展させ、俗世で生きるための環境を整える。奇術師はテーブルに置かれた4つの物資ー棍棒(火)、聖杯(水)、剣(風)、貨幣(地)を意のままに操る事ができる。
彼が作り出した物が後世の人々に正しい形で使われるとは限らないが、そこから着想を得て新たな物づくりに続いていく事も事実である。
奇術師は人が持つ無限の可能性と途切れる事のないループを表している。
奇術師の負の側面は、技術を悪用し人を嘲笑するペテン師や詐欺師として表現される。
彼は自分の思うがままに民衆を支配することを楽しむ。自信過剰で他者を馬鹿にし、力を使って他人の上に立つ事でしか自尊心を保つ事ができない。
大アルカナⅠ奇術師の正位置の意味
物事の創造、始まり。意志、責任、適応性、社交性。自信。手腕。外交。コミュニケーション。
相談者にとって今後の人生に大きな影響を与える重要なサイクルのスタート。正しい知識と技術を活用すること。
大アルカナⅠ奇術師の逆位置の意味
自信の喪失。不安。弱い意志。神経衰弱。技術の誤用。